Naoki Hayakawa
電力・エネルギー分野の
未来を
切り拓く
技術人材の育成
「ドクターコースに進学しない?」数年前,博士前期(修士)課程1年の某学生に聞いてみた。彼は前年の卒業研究を精力的かつ自主的に進めてきた優秀な学生であり,大学院進学後も飛躍が期待されたため,早い段階で声を掛けてみた。「僕は将来は電力会社に就職したいので,ドクターコースに進学するつもりはありません」これが彼の回答であった。電力会社などのインフラ企業への就職を希望する学生は多い。しかし,当時,電力会社が博士後期(博士)課程の新卒学生を採用することは皆無と言って良い程なかった。筆者が就職担当をしていた頃に電力会社の技術者や人事担当者から伺った話もほぼ同様であり,「研究専門職であれば採用可能だが,工務部のような送変電の現場では博士人材を活かせない」というのが主な理由であった。その結果,電力・エネルギー分野の優秀な学生を博士後期課程に引き上げることを断念せざるを得ない事例がこれまでに何度かあった。
筆者は,博士後期課程学生が「自身の研究テーマに対する専門知識だけでなく,その周囲の関連分野に対する俯瞰知識も有し,それらを駆使して問題を発掘・解決する力やチームを牽引するリーダーシップを有した人材」となることを目指して指導している(専門知識のみであれば,いわゆる「専門バカ」となる)。筆者は,「送変電の現場でこそ,博士人材に活躍してほしい」という思いから,学部生や博士前期課程学生に博士後期課程への進学を推奨するとともに,この思いを電力会社や電力機器メーカーの関係者に訴えてきた。その一環として,社会人の博士後期課程入学を受け入れ,企業・社会が博士人材を必要としていることを学生に示すとともに,電気事業連合会が創設した「パワーアカデミー」(https://www.power-academy.jp,2008年~)や文部科学省卓越大学院プログラム「パワー・エネルギー・プロフェッショナル育成プログラム」(https://dpt-pep.w.waseda.jp,2018年~)などの産官学連携の取り組みに関わってきた。
上記の活動と関係者の理解・協力を得て,当研究室の2024年度博士後期課程修了生が某電力会社の送変電部門に初採用され,同社の2026年募集要項に「大学院博士了」の項目が新たに追加された。電力・エネルギー分野における博士後期課程修了生の就職環境に風穴が開いた気がした。冒頭の彼は博士前期課程修了後に希望通り電力会社に就職したが,彼に現在の状況を知らせてやりたい。
このように,博士後期課程修了後の就職環境は変革しつつあり,在学中の経済・生活支援も大幅に改善・充実している。より多くの学生が博士後期課程への進学意欲を持ち,今後の電力・エネルギー業界を産学両方から牽引できるように引き続き指導・育成していきたい。
博士後期課程修了生に限らないが,研究室の卒業・修了生が電力・エネルギー分野で活躍している様子を見聞きすることほど,教員冥利に尽きることはない。電力インフラ100年企業である株式会社東光高岳では,当研究室や本学の卒業・修了生が活躍している。また,博士後期課程修了生も多く採用されていると聞き及んでいる。このように早くから多様・多彩な人材を採用され,彼らが活力を持って活躍されている企業は,大学側から見ても期待が大きい。株式会社東光高岳が今後とも技術と共創で未来のエネルギーネットワークをデザインし続けられることを期待する。
* 名古屋大学大学院 工学研究科 電気工学専攻 教授