脱炭素や災害時の停電「ゼロ」実現に向けた群馬県上野村マイクログリッドの構築
- 石渡 剛久
- 熊倉 悠介
国の方針である第6次エネルギー基本計画では「再生可能エネルギー(以下、再エネ)の主力電源化」が示されており、再エネを含めた地域活用電源の導入拡大が必要とされています。また近年、日本では自然災害が増加しており、緊急事態発生時の影響を最小限に抑え、事業の継続や早期復旧をするための方法・手段を取り決めておくBCP(Business Continuity Plan/事業継続計画)が重要視されています。
そこで、群馬県上野村では「Ueno5つのゼロ宣言」を表明し、再エネを最大限活用することによる「温室効果ガス排出量ゼロ」や、エネルギーネットワークとしてマイクログリッドを構築することによる「災害時の停電ゼロ」などの目標を掲げています。
それらを実現するために、上野村は東京電力パワーグリッド株式会社や東光高岳と共に経済産業省の補助金を活用した事業※に参画しました。東光高岳は「BCP対応EMS(エネルギー管理システム)」(以下、本システム)を開発し、同村にある上野小学校へ2023年3月に導入しました。
※令和2年度「地域の系統線を活用したエネルギー面的利用事業費補助金」
Technology
脱炭素とBCPに対応するEMS
マイクログリッドとは、非常時に、電力会社からの電力供給に頼らず、エリア内で電力を自給自足して供給継続を行うことで、停電を回避する仕組みのことです。
今回の事業ではマイクログリッドの構築に小学校および隣接する給食センター を結ぶ既設の配電線を活用しています。
本システム構成
群馬県上野村(上野小学校周辺)
本事業ではマイクログリッドの電源構成として、小学校には太陽光発電システム(以下、PV)と非常用発電機を、給食センターにはPVと電力貯蔵用の蓄電池システム(以下、蓄電池)をそれぞれ設置しました。本システムは平常時と非常時の2つのモードを搭載しており、各施設のPVと蓄電池を制御しています。
平常時は、各施設に設置されたPVの出力や蓄電池の充放電電力を適切に制御することによって、再エネを最大限に活用します。非常時(災害などで電力会社からの電力供給を受けられない状態)には、まず小学校と給食センターを対象としたマイクログリッドを構築します。その後、非常用発電機を稼働させ、順次PVおよび蓄電池をマイクログリッドに並列させます。
その後、本システムにより、PVおよび蓄電池を制御しながら電力供給を行います。
Profile
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石渡 剛久GXソリューション事業本部
システムソリューション設計部
兼システムソリューション推進室 -
熊倉 悠介GXソリューション事業本部
システムソリューション推進室
エネルギーコンサルグループ
※開発当時は両名とも「GXソリューション事業本部 フューチャーグリッド推進室」に所属。
電力が途絶えても自立供給を行うためのマイクログリッドの構築
熊倉群馬県上野村は、2022年に環境省から脱炭素先行地域に選定されました。脱炭素先行地域とは、2050年のカーボンニュートラル実現に向け、地域の特性に応じた先行的な脱炭素の取り組みを実施していく地域のことです。私たちは、脱炭素に取り組む上野村を支援するために「BCP対応EMS」を構築しました。
石渡上野村は山間部に位置し、村の総面積の95%を森林が占めています。電力供給用の変電所までの一本道は土砂災害警戒区域に含まれていることや、過去に台風被害による停電の例があることから、自己完結が可能な電力の確保が課題となっていました。
以前は電力会社が一括で配電系統の運用と保守を行っていましたが、環境省の脱炭素先行地域に選ばれる条件の1つとして、事業者みずからマイクログリッドを構築、運営することが提示されましたので、その実現のために、当社技術をご提供することでの協働事業が可能となりました。
熊倉私たちが所属していたフューチャーグリッド推進室は、ITを活用して電力の供給と需要を最適化する電力網であるスマートグリッドに必要な制御システムの開発をする部署です。私は当時室長だった石渡さんの下で、本システムのプログラミングを担当しました。
本システムは、マイクログリッド内の周波数変動に基づき、それを補正するためにPVや蓄電池に出力指令を出すことで、再エネを使ったマイクログリッドの電力供給安定化に寄与します。平常時では、PVの発電電力を何kW配電系統に流すか、蓄電池が何kW充放電すべきかといった指令値を演算して制御することが可能です。また、専用のアプリで遠隔からの操作もできます。
石渡非常時に停電した際は、まず非常用発電機を稼働させます。これによりEMSなどの制御機器の電源を確保し、PVと蓄電池を並行して電力の供給を開始します。
再エネ利用で脱炭素を目指す上野村にとって、ディーゼル発電機(非常用発電機)を導入することは抵抗があったと思います。そのため、再エネの主力電源化に欠かせない電力系統の慣性力(以下、慣性力)について、自治体や関係者の方々の理解を深めるのに大変苦労しました。
専門的になりますが、慣性力とは、電力系統の周波数変化に対して、周波数を維持しようとする力のことです。この慣性力がなければPVや蓄電池が機能しないため、非常用発電機を使用して慣性力を生み出す必要があるのです。
PVは太陽の傾きや陰り具合で出力が変動し、電圧や周波数も変化します。本来であれば、マイクログリッドでは決められた電圧や周波数の範囲で運転することで電力供給が継続できるのですが、慣性力がないと、PVの出力変動により、容易に周波数が決められた範囲を逸脱し、結果として電力供給が止まってしまうことになるのです。この慣性力確保のために、上野村では非常用発電機を採用しましたが、演算により慣性力を生み出すインバータを搭載した蓄電池の開発も進んでいるため、今後は蓄電池のみでもマイクログリッド構築が可能になるかもしれません。
既設の太陽光発電システムを活かすことができるEMSを開発
石渡上野村では既に他社製のPVが設置されていたため、その設備を活かしたシステムの構築を行いました。既存の設備の一部ではPVが外部の信号を受け付けないために、EMSなどで出力をコントロールできないという問題がありました。それに加え、既設制御機器の性能にばらつきがあり、本システムの開発には工夫を凝らす必要がありました。
熊倉外部信号を受け付けないPVでも発電量を取得することはできますので、それらの発電量を確認しながら、外部信号を受け付けるPVの出力をコントロールすることで、本システム全体の最適化を図りました。そして、全てのPVを含めたマイクログリッドのシミュレーションを重ね、問題なく動作するようにPVや蓄電池の制御に関するパラメーターを調整しました。ですが、実際に現地の機器と本システムを接続するとシミュレーションと異なる結果となり、改めてパラメーターを合わせるのに苦労しましたね。現地に1週間ほど泊まり込んで調整を重ねたことは貴重な経験になりました。
石渡当社では、もともと別の案件向けにマイクログリッド向けのEMSを開発していました。複数の案件で構築したシステムを組み合わせることで上野村のシステムに応用しましたが、上野村専用として運用を開始するまでには1年ほどかかりました。
熊倉本システムには、平常時と非常時の2つのモードがあります。各モードは石渡さんが話した通り、それぞれ別案件で構築したものを応用しています。私は平常時モードを担当しました。もともと、案件ごとの特性に合わせた開発方法を選択して対応していたため、モードごとのプログラミング言語や制御信号の使い方について、非常時モードの担当者と協調をとりながら統一化の作業をしたことがとても印象に残っています。
石渡現時点ではまだ停電は起きておらず平常時モードの発電のみの運用ですが、PVの電力を小学校内、給食センター内で使用することで、CO2排出量を3割程度は削減できると考えています。
マイクログリッドのEMSで世の中の脱炭素に貢献していく
石渡脱炭素の推進に伴い、マイクログリッドは今後さらに必要になってくると考えています。EMSを使うことで、PVだけでなく風力発電でもマイクログリッドを構築できるので、積雪地域であっても導入が可能です。島しょ部や山間部のコミュニティにおいて、再エネでゼロカーボンを目指したいというご要望も既にいただいています。今後も本システムの開発を進め、2050年ゼロカーボン達成のためにも、さらなる普及を目指していきます。
熊倉本事業では、機器をきちんと動かすために、シミュレーションだけではなく現地で実際の機器を確認しながら設定を調整することの重要性を実感しました。自分が開発したEMSで脱炭素に貢献していることにやりがいを感じています。今後も再エネを使ったマイクログリッドの拡大が見込まれていますので、上野村での経験を活かして国内外の地域に展開していきたいです。
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