エポキシモールド機器の低炭素化に向けて ~バイオマス樹脂と樹脂リサイクル技術を社会実装へ~
- 石谷 拓慈
- 田野倉 光璃
- 松本 颯
エポキシモールド機器は、電力の安定供給を支える重要な設備として、変電所の中や電柱の上など社会インフラを構成するさまざまな場所で使われています。内部に鉄心やコイルなどの電力部材を収め、それらをエポキシ樹脂で一体成形することで、高い絶縁性と耐久性を実現している点が特長です。
一方で、この高い性能を支えてきたエポキシ樹脂は、資源の再利用が課題となっています。エポキシ樹脂は熱を加えることで硬化しますが、一度硬化すると簡単には再溶融できないという特性を持つ熱硬化性樹脂のため、役目を終えたエポキシモールド機器は、処分するための設備を用意して処理を行うか、埋め立て処理しなければならない現状です。
また、日本では2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする目標が掲げられています。特に温室効果ガスの中で代表的なCO2は、生活に身近なゴミの燃焼や火力発電だけでなく、ものを製造する過程などでも排出されます。脱炭素社会の実現には広い視野でCO2排出量の削減を考えることが必要です。
東光高岳ではこれらの課題にいち早く着目し、エポキシモールド機器の低炭素化や資源の有効活用といった環境負荷を低減するための技術開発に長年取り組んできました。今回取り上げるエポキシモールド機器の環境負荷低減を実現するには、材料の選定から製造、長期間の使用、そして廃棄・再資源化に至るまで、ライフサイクル全体を見据えた取り組みが求められます。その中でも特に重要となるのが、材料そのものの低炭素化と、使用後を見据えたリサイクル技術の確立です。本記事では、この2つの技術に焦点を当て、現在の状況と今後の展望について紹介します。
Technology
環境負荷低減を実現する2つの技術アプローチ
①材料の低炭素化(バイオマス樹脂)
エポキシモールド機器における環境負荷の一因は、樹脂の原料が石油由来であることにあります。そのため、原料段階からの低炭素化を目指し、植物油などを原料とするバイオマス由来エポキシ樹脂(以下、バイオマス樹脂)の適用が検討されてきました。しかし従来の石油由来樹脂と比較すると、成形時の再現性や割れにくさ、長期的な信頼性の維持が難しいという課題があります。そのため、単に樹脂原料を置き換えるだけでなく、硬化剤や充填材などの組み合わせや配合割合が最適となるよう評価と設計を繰り返して、さらに実器レベルでの電気特性・機械特性評価を通じて、従来品と同等の性能を維持したまま低炭素化に寄与するエポキシモールド機器の開発に向けて取り組んでいます。
②リサイクル技術
エポキシモールド機器の低炭素化を考えるうえで、材料の見直しと並んで重要なのが再資源化です。エポキシ樹脂は熱硬化性樹脂であり、一般的な熱可塑性樹脂のように熱で溶かして再利用することができません。そのため、エポキシモールド機器は長らくリサイクルが難しい電力機器とされてきました。東光高岳ではこの課題に対し、繊維強化樹脂(FRP)で研究されていた常圧溶解法によってエポキシ樹脂を溶解し、エポキシモールド機器を構成する金属や充填材などを回収・再利用する技術の検討を進めています。しかし、リサイクルには、樹脂を溶解する条件の最適化や、回収した充填材に残存する樹脂成分の除去、再配合した際の性能確保といった、複数の技術的ハードルがあります。特に、回収材料を再利用した場合でも、新品材料と同等の電気特性・機械特性を維持できるかどうかが重要な評価ポイントとなります。
こうした2つの技術は、いずれもエポキシモールド機器の低炭素化に不可欠ですが、実際の技術開発は決して平坦な道のりではありませんでした。材料の選定や配合、評価方法の確立、さらには使用後を見据えた新たな発想など、現場では数多くの試行錯誤が重ねられてきました。
これまでの技術開発の詳細はこちら
電力用モールド機器向け植物由来エポキシ樹脂の開発 エポキシモールド機器のライフサイクル全体にわたる環境配慮技術
そして現在、研究開発は新たな段階に進んでいます。長年技術を磨いてきた先輩からバトンを受け取り、若い技術者たちが中心となって、実用化・社会実装を見据えた検討が本格的に動き出しています。今回は、前述の技術開発に取り組むメンバーの3名から話を聞きました。
Profile
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石谷 拓慈戦略技術研究所
技術開発センター
材料技術グループ -
田野倉 光璃戦略技術研究所
技術開発センター
材料技術グループ -
松本 颯戦略技術研究所
技術開発センター
材料技術グループ
【材料の低炭素化】バイオマス樹脂で電力機器としての高性能と低炭素化の両立
田野倉エポキシモールド機器の低炭素化に向けた取り組みの中で、私はバイオマス材料(植物由来の材料)をベースとした樹脂開発を担当しており、バイオマス材料の選定から試作、評価までを進めています。
バイオマス樹脂は、従来の石油由来材料に比べると、どうしても電気的や機械的な性能が下がってしまう傾向があります。その中で、バイオマス材料の配合比率を高く保ちながら、従来品と同等の性能を維持することが一番苦労している点です。電力機器用のエポキシ樹脂には、電気的な信頼性や長期間の機械的安定性、成形時の再現性など、非常に高い性能が求められます。材料の配合、成形、評価という検証を何十パターンも繰り返し、想定通りの性能が出ることもあれば、形にもならないこともあります。材料を変えたり、添加剤を入れたり、評価条件も変えながら、少しずつ欲しい性能に近づけていきました。
石谷バイオマス樹脂の製品適用は、性能とコストの両立が一番難しいところです。従来の材料と同等以上の性能を実現するのは簡単ではありませんが、配合技術やプロセスを工夫することで、電力機器として使えるレベルまできています。
田野倉前任の方がある程度形を作ってくださっていましたので、私は課題として挙がっていたコスト面の改良に注力しています。特にコストが高かった添加剤については、以前より安いものがないか、いろいろなところから入手して評価を繰り返しました。そして改良を重ねた結果、現在では実器試作を見据えた段階まで研究が進んでいます。電気特性や機械特性の評価も一通りクリアし、今後は長期的な信頼性の評価が本格化していくフェーズです。それに向けて、設計部門とも相談しながら、どの製品に適用していくかを具体的に検討しています。
【リサイクル技術】「捨てるしかなかった」エポキシモールド機器を再資源化する
松本材料の見直しと並んで重要なテーマとなるのが、使用後の再資源化です。私はこのリサイクル技術の開発を主に担当しています。
現時点では、エポキシモールド機器の樹脂を溶解し、内部にあるコイルを取り出すことに成功しています。溶解した樹脂は液体になり、沈殿物が残ります。樹脂中に多く含まれている充填材(無機粉末)は比較的取り出しやすく、量も確保しやすいことから再利用が期待されています。現在の目標は、回収した充填材を再び電力機器に適用することです。電力機器は数十年単位で使われることも珍しくないため、長期的な信頼性の確保が欠かせません。新品材料と比べて同等以上の性能であることを検証し、もし性能が満たない場合は、どの工程で、なぜそうなったのかを一つずつ確認していきます。可能性が高そうなところから優先度をつけて確認していくので、どうしても時間はかかりますね。現時点では、ほぼ新品材料と同等の性能を実現できています。
石谷樹脂を溶かす技術自体は、実は昔から知られている部分もあります。ただ、それを電力機器に再利用するところまできちんと詰めてきた例は多くありません。コイルと充填材を取り出した後の溶解液をどう使い回すか、燃料にする以外の活用方法がないかといった点も含めて、次のステップを見据えた検討になっていくと思います。
材料の低炭素化&リサイクルの技術を磨き上げ社会実装へ
石谷材料の低炭素化とリサイクルの技術開発は、それぞれ手段は違いますが、最終的にはカーボンニュートラルにどう貢献するか、というところに行き着きます。材料の低炭素化は“作るとき”のCO₂を減らす技術で、リサイクルは“使った後”の環境負荷を減らす技術です。どちらか一方だけではなく、両方を組み合わせて初めて、エポキシモールド機器として意味のある低炭素化になると思っています。
すでに研究レベルではどちらの技術も確立してきた段階であり、60〜80%くらいの達成度と見ています。どちらも「できるかどうか」ではなく、「どう社会に組み込んでいくか」が問われるフェーズに入りました。そんな中、これからのテーマとなってくるのがスケールアップです。量産レベルの製造をするうえで品質の安定性をどのように確保するか、事業化できる量の使用済みエポキシモールド機器をどう回収するかなど、運用面の課題も大きくなってきます。
松本リサイクル事業の本格的な展開となると、ステークホルダと連携しながら進めていく必要があります。特に回収の話は、自社だけで完結するものではなく、関連会社やお客様との連携も不可欠です。またエポキシモールド機器は使用期間が長く、設置されてから数十年経って回収されるケースもあります。回収された機器の中には当社以外の製品が含まれることも想定されますので、経年によって特性がどのように変化しているのか、異なる材料や形でも同じ条件で溶解・再利用できるのかなど、多角的な検討が必要です。
田野倉バイオマス樹脂の長期的な信頼性の評価も、まさに今進行中です。現在は電力機器として長期間電気を流した場合の耐性について検証をしています。10年先を見るなら、熱と荷重をかけて劣化速度を上げる加速試験でも1年くらいかけて評価する必要があります。時間はかかりますが、ここをしっかり確認しないと実用化には進めません。
石谷また、これからは情報発信も重要です。学会発表などを通じて広くこの技術を知ってもらうことで、興味を持ってくれる企業が出てくる可能性もあります。そうした出会いから、絶縁材料以外の新しい用途や展開が生まれるかもしれません。
松本最終的に目指しているのは事業化です。研究開発は形にならないことも多い中で、この取り組みを事業として成立させたい。うまくいかないときは悩みますが、あれこれ試行錯誤することも面白く、社会貢献度の高い仕事ができることにやりがいを感じています。
田野倉私は開発しているバイオマス樹脂を自社製品の標準仕様にしたいという思いがあります。まずは一つ製品への適用実績を作って、そこから適用範囲を広げていきたいです。一つひとつ目の前の課題をクリアしていくことに、ものづくりの楽しさを感じています。
石谷業界でも先駆けて材料の低炭素化やリサイクルの技術に取り組み、先端の領域に携われるのは当社ならではです。材料技術グループは若いチームなので、サポートをしながら全体の技術力を底上げしていきたいですね。最終的には、世の中でこの技術が当たり前に使われる状態を目指しています。
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