エポキシモールド機器のライフサイクル全体にわたる環境配慮技術
- 大竹 美佳
- 山下 太郎
2020年の11月に行われた主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)で、日本は2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにし、脱炭素社会を実現する宣言をしました。具体的な目標の一つとして、2035年にはガソリンで動く自動車を廃止して、すべてハイブリッド車・プラグインハイブリッド車、電気自動車、燃料電池車などの電動車に切り替えるという検討が経済産業省を中心に行われています。
脱炭素社会を目指すうえでは、総合的な考え方を持って対策に臨む必要があります。例えば電気自動車の場合、車走行時には二酸化炭素を排出しないといっても、その分、別の場所で多くの二酸化炭素を排出して発電した電力を使用してしまうならば、根本的な問題は解決したとは言えないでしょう。
東光高岳は、エポキシモールド機器の開発において、ライフサイクル全体の視点で、環境配慮技術を確立しようとしています。エポキシモールド機器とは、熱を加えると硬化し、機械強度や接着性などに優れるエポキシ樹脂でコイルや鉄心などをモールドした(覆った)機器を総称してそう呼んでいます。
エポキシモールド機器の製造から使用するシーン、最後に廃棄し、リサイクルするまでの全ライフサイクルを総合的に「低炭素化」する取り組みに、いま二人の技術者が情熱を注いでいます。
Technology
製品のライフサイクルをトータルに考えなければ環境配慮技術は本来の意味をもたない。
国際標準化機構(ISO)により国際的なガイドラインが策定されているライフサイクルアセスメント(LCA)では、商品の環境に与える影響を、資源の採取から、加工・販売・消費を経て廃棄にいたるまで、各過程ごとに評価する方法を定めています。これはライフサイクル全体の環境に対する負荷や影響を把握するためのもので、特にエポキシモールド樹脂製品では、ライフサイクルをトータルに考えて製品開発をしている企業は少ないのが現状です。材料技術グループ主任の大竹美佳は、ここに目を付けました。
「もしエポキシモールド製品をライフサイクル全体にわたって低炭素化できる技術が確立すれば、それは東光高岳の大きな強みになる」
そう考え、自ら会社に提案をして開発をスタートさせました。電力業界では、高電圧の電力機器に六フッ化硫黄ガスが使用されています。しかし、このガスは温暖化係数が高いため、京都議定書でも排出抑制の対象に指定されています。そのため、六フッ化硫黄ガスを使用している電力機器は、ガスを大気に放出しないよう、厳正な管理のもと運用されています。絶縁材料には、ガス、液体、固体があります。それぞれ一長一短があり、すべてが代替えできるわけではありませんが、固体絶縁であるエポキシモールドの適用範囲拡大による六フッ化硫黄ガスの使用量削減、植物由来エポキシ樹脂によるカーボンニュートラルの実現、エポキシモールドの溶解による循環型製品サイクルの実現、というライフサイクル全体にわたる環境配慮技術開発が本開発のミッション。しかし、その道のりは容易なものではありませんでした。
Profile
-
大竹 美佳技術開発本部
技術研究所
材料技術グループ
主任 -
山下 太郎技術開発本部
技術研究所
材料技術グループ
課長
カーボンニュートラルな素材に着目
目指すはリサイクルも視野に入れた環境配慮技術の確立。
大竹電気絶縁性や機械的強度にすぐれたエポキシモールド機器ですが、熱を加えて硬化させる工程や廃棄・リサイクルの際にどうしても二酸化炭素が発生します。そのため、カーボンニュートラルの考えに基づいて、植物としての成長過程で二酸化炭素を吸収するバイオマス原料に着目しました。さらに入手しやすいこと、必要とする強度が得られることなどから最終的にエポキシ樹脂素材として亜麻仁油を選びました。そして、さまざまな材料と組み合わせて、耐クラック性や強度といった課題を検討し、やっと製品適用の目途がつくところまでたどり着きました。インフラ機器であり高い信頼性が要求される電力機器への適用を目指し、あと数年かけて、長期的な安定性を評価していこうとしています。
山下一般に、植物由来のものを材料に使用すると強度などの性能が劣り、従来と異なる取り扱いが必要のため、労力やコストがアップするということがあります。しかし、これまでの材料配合やプロセスなどの開発で、製品適用のめどがつくところまで性能、コスト面の改良も何とかできてきました。
バイオマス樹脂によるエポキシモールド機器の製品開発は他社でもまだ実現していませんし、製品のライフサイクル全体にわたる環境配慮技術開発において、必要かつ重要な取り組みです。そのため、私も大竹の研究を後押しして行こうと考えてきました。
このチームの中心となって研究に従事している大竹と山下。研究をどうやって進めていくかの大筋を大竹が決めて、社内の設計部門や製造部門と連携しながら細かなところを山下がフォローしていきます。二人は、低炭素社会の実現を目指して日々荒波を乗り越えていきます。
最終目標はエポキシモールド樹脂の再利用
やりがいに心を押されながら、高いハードルを見据える。
大竹リサイクルに関しては、他社の技術で繊維強化樹脂のベース材であるエポキシ樹脂や不飽和ポリエステル樹脂を溶かす技術があり、それをエポキシモールド機器へ活用してみることからスタートしました。実際に製品を溶かしてみると金属部分はそのまま再利用できることがわかりました。問題は、エポキシモールドには樹脂コストの低減や熱膨張収縮を抑える役割の充填材を配合しているのですが、これをエポキシ樹脂溶解物と分離させなければなりません。これには粉状の充填材は通さず、液状のエポキシ樹脂溶解物は通るフィルターを使うことで効率よく分離させる方法を研究しています。何種類かのフィルターを試して、最も良い結果を生むものを模索しました。
山下再利用に関しては、金属部分は樹脂の溶解で綺麗に回収できるので、機器にもよりますが、そのまま再利用できます。取り出した充填材も再利用可能なことがわかっています。問題は溶解した樹脂で、現在のところ再度エポキシモールド製品の素材として再利用することは実現していません。現在、いちばん有効な再利用方法としては燃料としての活用で、重油相当の燃料として使えることがわかっています。
大竹将来的には溶解した樹脂もエポキシモールド樹脂素材として再利用することが、私たちのゴールと考えています。現在、さまざまな方法が試されていますが、元の樹脂に完全に戻すことはできておらず、再利用はかなりハードルが高いというのが現実です。しかし、私たちはエポキシモールド機器のライフサイクル全体に渡る環境配慮技術を確立させることを目標にしているので、必ず成し遂げたいと思っています。困難ですが、やりがいも感じています。
小学生のころから環境問題に関心があったという大竹は、心にいくつもの疑問を感じながら過ごしてきました。
「太陽電池で走るソーラーカーがあるのに、なんでもっと普及しないのだろう。車がみんな太陽電池で走れば、二酸化炭素も出ないし、燃料だって要らなくなるじゃないか」
ソーラーカーを動かす太陽電池を作るには多くの二酸化炭素が排出されること、エネルギー変換効率が高くはなく、天候の影響を受けやすいこと、そもそも膨大なコストがかかることなどを知ったのは、大学に入ってからのことでした。
「環境問題はもっと根本的に、いろんなことをトータルに考えていかなければいけないんだ」
もともと理系が好きだった大竹は、理系の大学に進学。「技術者として、物づくりに携わる会社で仕事をしたい」と、東光高岳へ就職しました。自分のやりたいことがやりやすい環境の中で、子供のころから疑問に感じてきた環境問題の答えを探し続けています。
それをサポートする少し先輩の山下もまた、物づくりにあこがれて「自分の手を動かして、形のあるものを作りたい」と願って理系の大学で材料や素材のことを学び、東光高岳へやってきました。二人は今日も、ライフサイクルをトータルに見据えながら、未来の環境課題へと取り組んでいます。
エポキシモールド機器の溶解評価用試験装置
最新の記事
-
インタビュー脱炭素や災害時の停電「ゼロ」実現に向けた群馬県上野村マイクログリッドの構築国の方針である第6次エネルギー基本計画では「再生可能エネルギー(以下、再エネ)の主力電源化」が示されており、再エネを含めた地域活用電源の導入拡大が必要とされています。
また近年、日本では自然災害が増加しており、緊急事態発生時の影響を最小限に抑え、事業の継続や早期復旧をするための方法・手段を取り決めておくBCP(Business Continuity Plan/事業継続計画)が重要視されています。 -
インタビューカーボンニュートラル実現に向けた電気絶縁油のリサイクル技術近年、企業活動において、カーボンニュートラルや循環型社会の構築に向けた取り組みは必要不可欠です。
この潮流は電力機器に使用する電気絶縁油(以下、絶縁油)の分野においても同様で、海外では絶縁油品質の国際規格が改正され、新品の絶縁油とリサイクルされた絶縁油(以下、再生油)で品質上の区別はなく、同等に扱われるようになっています。 -
インタビューマンションなどの大規模駐車場にも対応したEV充電管理システムWeChargeカーボンニュートラル実現を目指した取り組みは活発化してきており、電気自動車(以下、EV)の普及拡大に向け、EV充電インフラの拡充が求められています。
-
インタビュー半導体の信頼性を支える共焦点三次元計測センサの開発スマートフォンや家電機器、様々な分野の工業製品など、現代社会において半導体は、私たちの生活・産業を支えるあらゆるものに搭載されていると言っても過言ではありません。