研究開発
技術者インタビュー

カーボンニュートラル実現に向けた電気絶縁油のリサイクル技術

  • 北村 英里子
  • 大竹 美佳

近年、企業活動において、カーボンニュートラルや循環型社会の構築に向けた取り組みは必要不可欠です。この潮流は電力機器に使用する電気絶縁油(以下、絶縁油)の分野においても同様で、海外では絶縁油品質の国際規格が改正され、新品の絶縁油とリサイクルされた絶縁油(以下、再生油)で品質上の区別はなく、同等に扱われるようになっています。
一方、日本国内では過去に再生油から人や環境に有害なPCB(ポリ塩化ビフェニル)が検出されたことをきっかけに、現在は使用済み絶縁油を再び絶縁油として利用していません。しかし、環境配慮への世界的な潮流を考慮すると、国内においても絶縁油の再利用は広がっていくと考えています。そのような背景から、当社では使用済み絶縁油の再生処理に関する研究を進めています。本稿ではその取り組みについて紹介します。

Technology

使用済み絶縁油の再利用実現を目指して

使用済み絶縁油を再生する方法は、絶縁油中の異物を除去する方法(濾過など)、絶縁油中に溶存する劣化生成物を除去する方法(吸着法など)、絶縁油を化学反応により精製する方法(水素化処理法など)などが挙げられます。その中でも、比較的簡単な設備で絶縁油特性への品質要求を満たすレベルに回復・改善できる吸着法に着目しました。

吸着法による再生処理の検証は、人工的に加速劣化させた絶縁油に対して行いました。その結果、絶縁油の規格を満足し、新油に近いレベルの特性が得られることを実証試験の結果確認できました。その後、加速劣化した絶縁油だけでなく、実際に柱上変圧器で使用されていた絶縁油においても実証試験を行い、同様の結果が得られています。
本研究は、2022年、2023年の石油学会でも成果を発表しています。

Profile

  • 北村 英里子
    北村 英里子
    戦略技術研究所 技術開発センター
    材料技術グループ
  • 大竹 美佳
    大竹 美佳
    戦略技術研究所 技術開発センター
    材料技術グループ
    グループマネージャー

再生油の実現に向けた想い

北村当社では、電力インフラ向け配電設備として、電柱に取り付けられている柱上変圧器を製造・販売しています。柱上変圧器には、電気絶縁と冷却の役割を担う絶縁油が封入されています。
柱上変圧器の修理は10年前後で行われることが多いです。修理工程ではタンクや鉄心などを可能な限り回収しリサイクルしているのですが、絶縁油に関しては都度新しい絶縁油に取り換えています。回収した使用済みの絶縁油は火力発電所で燃料としてサーマルリサイクルに利用されているものの、なぜ絶縁油としてリサイクルできないのだろうと疑問に感じていました。

そこで、絶縁油に詳しい方に話を伺い、過去には日本国内においても絶縁油を再利用していた歴史があったものの、再生油から人や環境に有害なPCBが検出されたことをきっかけに、1990年以降は使用済み絶縁油を再び絶縁油として利用していないことを知りました。
しかし、環境配慮への世界的な潮流と、日本国内では2027年までにPCB混入物がすべて廃棄されることから、将来的には国内でもPCB混入を意識することなく、再生油を適応できる可能性が高まっていると感じています。
私は、電気設備を設計する部署にいたのですが、3年前に材料技術グループに配属されました。大学は化学系学部だったということもあり、もともと興味のあった化学材料を扱えるのが嬉しかったですね。材料技術グループでの担当業務としては、絶縁油と機器との相性を評価する試験や材料の分析なども行っています。

再生油の研究を始めるにあたり、まずは絶縁油の知識を深めていきました。困りごとがあれば上司に気軽に相談できる環境であり、材料技術部長やグループマネージャー(大竹さん)など、再生油や環境配慮の材料研究に詳しい先輩がいるのは非常に頼りになりました。

大竹私は材料技術グループのグループマネージャーを担当しており、北村さんを含めたメンバーの研究・開発の管理をしています。私自身が過去に植物由来である樹脂材料やリサイクルの研究をしていたので、環境配慮を目的とする材料研究の考え方などで共通する部分があり、北村さんと一緒に検討することもあります。私が細かく指示を出さなくても、北村さんは自ら実験を進め、結果をフィードバックしてくれる頼もしい存在です。

実用化に向けて仲間と共に様々な課題に向き合う

北村研究では、柱上変圧器内の環境を模擬して加速劣化させた絶縁油を用いました。絶縁油の再生方法は複数あるのですが、その中でも、比較的簡単な設備で絶縁油特性への品質要求を満たすレベルに回復・改善できる吸着法に着目しました。
加速劣化させた絶縁油を、特性の異なる5つの吸着剤で処理した結果、絶縁油の再生には食用油の再生にも吸着剤として使われている活性白土が最も効果的であることがわかりました。

また、再生処理の状況を判断するために導電率の測定を行いましたが、再生油の検証で導電率センサを用いた前例がないことや、使用したセンサ自体が汎用性の高いものであったことから、測定値の解釈にとても悩みました。結果の解釈には値そのものだけでなく、なぜその値が出るのかという原理・メカニズムを理解することも重要です。材料技術部長をはじめ、上司や先輩方に相談してアドバイスをいただき、自分でも過去の文献や資料を調べたことで、原理・メカニズムをしっかりと理解することができ、再生処理の検証をうまく進めることができました。

実用化の課題として、再生油はリサイクルを繰り返すほど酸化劣化しやすくなるという特性も見えてきました。元から絶縁油に含まれる酸化防止成分が再生処理によって減少することが原因となっているため、酸化防止剤や添加剤を加えることでかなりの改善が見込めます。
今後は再生油の実用化および製品への適用に向けて、再生処理時間の短縮や再生可能な回数の増加等を目指した実験を行っていく必要があります。

再生油の研究開発を通して環境と資源の問題に挑む

北村本研究について、2022年、2023年の石油学会(の絶縁油分科会研究発表会)で成果を発表しました。会場からご質問を多くいただいたことで、業界での再生油への関心の高まりを改めて実感しましたね。

仕事のやりがいを感じるのは、自分がいちばん最初に検証結果を知ることができたとき。再生油の研究はほかではあまり行われていないため、結果を見ることに特別な喜びを感じます。

今後は、再生油のより高度な循環利用の実現を視野に、半永久的な繰り返し使用も可能とする適切な再生処理技術の研究開発をしていきたいと考えています。

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